幸いにも残業がなかった。僕は勇んで帰宅の準備をした。窓の外はまだ五月の夕暮れ前の日差しが溢れている。僕は鞄を抱え、机の間を急ぎ足で通り過ぎた。誰かが僕を呼びとめた。僕はびくっとして立ち止まった。
「何かいいことがありそうな気配じゃないか」課長がへらへらした口調で言った。河童そっくりな顔をしたこの男はもうすっかり頭の皿が干上がって、あと数年で定年を迎えることになるのだが、その余生といっても単にミイラになるより仕方が無いといった格好であるが、その顔を見ているともう既にミイラになりつつあるということが疑いもなく察知できる。
「何をそんなにあわてているんだ」河童の課長は僕をあくまで引き留める決意らしい。課長は実はおそらくのところ、会社を出るのが恐いのだ。というのも会社を出るということは一日が終ったということを精神ばかりでなく、階段を降りる一歩毎にその衰えた肉体が悟ることであり、それはすなわち、24時間が消えたことを意味する。ミイラ予定者はミイラになることが最も適しているのであろうが、やはり現世はあくまでゆっくり過ぎて欲しいのだ。しかし僕はそんな河童のミイラ予定者に気使ってせっかくの時を空しくすることは我慢ができない。僕は単に、
「ええ」といってほとんど駆け足でドアの側までたどりついた。
「さようなら」と僕はドアの側の美しい黒髪の女に小声で挨拶した。女はちらっと振り返り、「さよなら」といって書類に目を落とした。
僕はドアを開け、階段を降りて自転車置き場に回ると鞄を荷台にくくりつけた。それがすむと僕は煙草に火をつけた。向いのアパートに夕日があたっている。その庭に一本だけ生えている桐の木に紫の花が咲いている。これほど不格好な、だらしなく伸びる桐の木に、なぜこんなに見事な花が咲くのだろう。
桐の木の幹に鎖が巻き付けてある。犬はいない。女の子が三輪車で木の周りをぐるぐると回っている。その影が白いアパートの壁にくっきりと移動する。それはまるで古い昔の回り燈篭のように規則正しく回転する。僕はまた煙草に火をつけた。その時誰かが階段を降りてきた。僕は煙草を捨て、靴でそれを微塵に踏みつぶした。それからまるで少年のような身軽さで自転車に飛び乗った。あの足音は彼女ではない。あの女は僕がここに待っているのを知っていて、意味の無い書類に視線を落としているのだ。
僕は勢い良くペダルを踏んでいる。何という自動車の群れだ。歪んだガラスのそれぞれに夕空が映っている。僕はどこまでもペダルを踏んでいる。どこまでも踏んでいる。それから急に折れ曲がって土手に上った。土手の斜面はキツネノアザミやタツナミソウがギシギシやシオンに混じって咲いている。土手の瀬の部分はアスファルトの舗装である。舗装の破れ目からクローバーが花を咲かせている。これはこのまま賢治の世界だ。僕は毎日ここを通って通勤しているのに、賢治がこれほどみごとに美しい種をそこらいちめんに撒いておいたのをどうして今日まで気が付かなかったのか。
空はいつの間にか真っ赤な牡丹だ。雲は古蒲団からはみ出した綿くずで、まるで不格好に点々と浮かんでいる。それらは身じろぎもしないで、それぞれがよほど思い詰めた赤い色をして沈黙している。だが、よく見る赤いのは雲の腹のあたりで、頭の部分はくすんだ灰色である。それが見ているうちに灰色がピンクに変わる。ずいぶん向こうに橋が掛かっている。橋の上の空はおそるべき深紅色だ。深紅といっても、深いところや淡いところ、レンズのようにボーと全体に紅を帯びているところ、金色と銀色の縁どりがぎざぎざに持続して、その果てが熟れた桃の肌のようになっているところがある。土手のアスファルトがわずかに赤い。
僕は橋のほうに向かって漕いで行った。すると、その方角の空に、グレースという文字が見えた。それは巨大な広告塔である。四角いホテルなのだが、そのホテルの屋根全体がさまざまなネオンや電球で飾りたてられた広告塔なのだ。これらから見ると、それは夕日の輝きの中で影になっている。しかし、もう気をきかした従業員が電気のスイッチを入れたので、ネオンが黒い建物の壁を大げさに照らしている。
ホテル・グレース、そのグロテスクな建物は夕焼けの中でいかにもちっぽけに、同時に傲然と胸を張っている。もうすぐ闇がすっぽりと覆い、その後は何が起こっても誰も見えない。賢治はあのホテルのゲートをくぐったことがあると思うかい。恐らく、いやたぶん、それどころかまず絶対的にないと思うよ。
ほんとかな、ほんとうだとも。しかし、誰が完全にそれを否定するほどの単純な脳細胞を保有しているというのかね。なんと言っても彼だって聖人というよりもむしろ悩める修羅なのだからな。賢治の童話が僕たちの心を捉えて放さないということは、彼が火星人でも神でもなく、単なる現象としての人間であるからなのだ。つまり、僕たちと同じような食べ物を食べ、苦しみを苦しみ、そしてなにかしら不思議な念仏を唱えて永遠の書物に仕立て上げたのだ。つまり彼は僕たちと同類なのだ。だから彼がこの土手に撒いた草たちはこの夕日を浴びて帰宅する僕のひどく悲しい心を打つのだろう。彼は僕であり、僕は彼なのだ。彼と僕のただひとつの相違点は、彼は永遠に悲しみ苦しみ感じ続けたのだが、僕はたまにそうなるに過ぎないということなのだ。それが故に、彼は永遠であり、僕は一瞬の現象・線香花火にすぎない。
レンズの雲は黄金の縁どりをつけていよいよ輝いている。僕は重い足でペダルを踏んだ。もうあの女とあそこに行くことはないだろう。なぜそうなのか、僕にはよく分からない。ただ、僕があの課長を哀れんでいるように、女も僕をなにかしら哀れみの目で見ていることは確かなのだ。
「重いのよ」と彼女は言った。
「何が重いものか」僕は彼女を背負い、海岸をどこまでも歩いた。海岸は真っ白で、誰一人いなかった。枯れた松が崖の上に破滅した 都市の煙突のように無数に立っている。崖の下にも松の朽ちた幹が転がっている。鳥が群れている。
「貝殻があるのね」
「まだ海水浴客がこないからな」
「何時?」
「まだ早いさ」
何時・・まだ早いさ・・・僕たちは幾度こんな会話を交わしたことだろう。
土手の下は田圃だ。田圃続きに蓮田がある。赤緑色のプランクトンが水をすっかり覆いつくし、一部は増殖しすぎて象の皮膚のように盛り上がっている。
突如、ゴーンと凄い鳴き声がして、僕はぎくりとして自転車を降りた。その声は幾度も幾度も続いている。あれはまごうかたなき牛蛙だ。この夕暮れにむかってあれほど傲然と声を張り上げることが出来るのは、牛蛙以外にはこの世界にはいやしない。ライオンやトラでさえこの頃は地球の危機を敏感に察知して、悲しみと落胆のあまり滅多に鳴かないというのに、あの蛙は身分不相応な声を張り上げて、時にはまるまるひと夜わめき続けるのだ。
僕の周りにはハルシオンや西洋アザミが一面に咲いている。アオミドロと赤緑色のプランクトンの織物をかき分けて、三匹の牛蛙がのそのそと歩いている。土手の縁に、マムシに注意とひどく下手くそな字で書いた立て札が立っている。僕は迷って立っていた。するとどこからか、
「何をグスグズしているんだ、降りて来い」という声がした。見ると畦道の上に巨大な牛蛙がこっちを見ていた。
「僕に用ですか」
「そうだとも、いいものをみせてやるから早く来い」
「しかし、ここにまむしが出るとかいてありますが」
「それはわしが書いたのだ。つまらぬ人間共がわしたちの住処を荒すのを防いでいるのだ」なるほど、それは素晴らしい。となると、僕はつまらぬ人間ではないということになる。僕は少しうれしくなってアザミの土手を降りて行った。
蓮田の中に牛蛙が三匹座っていた。僕が降りて行っても三匹の蛙は知らんふりしている。
「おまえは相撲を見たことがあるかね」と年老いた蛙が尋ねた。
「勿論ありますよ。両国に国技館があった時分で貴の花がいたころのことです」
「なるほど。しかし、蛙の相撲はみたことはあるまい」
「実際のものはありませんが、鳥羽僧正の絵は教科書で見ました」
「僧正はずいぶんと誇張が過ぎる。蛙は猿や兎などとは相撲はとらん」
「では、蛙同士が相撲をとるんですか」
「今からこいつらが取るのだ」
年老いた蛙は水の中の二匹の蛙を顎で示した。なるほど二匹は興奮して、もう背中だの腰の筋肉がぶるぶる振るえている。一匹は実に立派だが、もう一匹は腰のあたりが随分と細い。しかしこれとて張り切っていて、もう腕立て伏せなんかしてデモンストレーションまでして見せている。
「畦道の近くに居るのはすましてますね」
「あれが問題なのだ。あの女のためにこいつらが決闘をするのだ」
なるほど、あの蛙は少し小さい。しかし背中はいぼいぼで、口は張り裂けているし、鼻は小さく尖って、胸なんかまるで葱のようにつるりとしている。
「あの蛙が二人の恋人なのですか」
「その通りだ。決着がつかないとうるさくて夜もおちおち眠れないのだ」
「それは面白いですね。それにしても、なぜ僕をこんな決定的な場面に呼んでくれたのです」
「それはおまえが失恋したからだ」
「へー、なぜそんなことが分かるんですか」
「顔を見れば馬鹿でも分かるさ」
僕は感心した。課長は僕が恋愛しているときも、失恋した後もまったく何も気付かなかった。ということは、課長はこの牛蛙よりも感受性において劣るということになる。夕焼け空で、蓮田は紅色に染まっている。
二匹の蛙はもう組み合っていた。体が大きいので、組み合うといっても実に鈍重である。どちらも後ろに回ろうとしてぴちゃぴちゃと泥をはね上げている。
「行司はいないのですか」と僕は尋ねた。
「あんなものはもともといなかったのだ」と老蛙は答えた。「あれは人間の都合でこしらえたのだ」
「それは妙ですね。相撲はもともと人間がこしらえたものではありませんか」
「まったくものを知らないと言うことは恐ろしいものだ」と蛙は嘆息した。
「いいかね、相撲というものは、もともとは神様が領分や身分を争ったときに出来たものなのだ。女神を男の神が欲しいと思う。すると、それは一人ではなく、二人三人と欲しいということになる。ではそれをどうするか。スサノオの尊のようなものが出てからは剣でその決着をつけるようになったのだがそれ以前は相撲で勝負を決したのだ。神々は八百万の神といってたくさんおられたが、それぞれが山や川や嶺や淵、大木、入り江、それから井戸や岩の神なのだ。従って、神は土俵に上がる時には岩とか山を名乗るのだ。神がみは絶対に卑怯なことをしないのだから、行司などは不用なのだ。富士山と筑波山が争うときには土はとよみ、海がさかまいて、それは恐ろしい有様であったが、結局勝負がつかず、引き分けとお互いが悟り、利根川を境にしてそれぞれの領分と定めたのだ。だから、土俵というのは、つまり宇宙なのだ。宇宙のなかで、神々が正々堂々と勝負を決するのだ。レスリングなどというものはリングの外に出ても争っているが、あれは単なる檻の中の猛獣の闘争なのだからあれでもよい。あのものたちは巨大に見えて、しかも単なる肉の塊にすぎないのだ。ところが力士というものは人間ではあるが、実は山であり川であり海なのだ。しかも土俵は宇宙なのだ。従って、土俵の外に出ればそれでおしまいだ。宇宙の外で争う馬鹿は居ないからな。こうして宇宙である土俵の中で神々が相撲を取ると、天や地や風や山がだんだんと出来上り、それらが土俵下に群れ集ってヤンヤ、ヤンヤと喝采した。それでその有様をこの世のものが見習って、猿や熊や兎や蛙が真似をして相撲を覚えた。こうしたわけで、相撲はまず神々から山々や岩や川、そして無数の動物に伝えられたのだ。鳥羽僧正や金太郎は純真な人間共だったから、あるいは本当の相撲を知る機会があったかもしれんのだが、それにしても人間はずっと後になって相撲を知ったのだ。だからわれわれの相撲と較べると、人間の相撲は亜流に過ぎぬ」
「なるほど、お話は分かりました。しかし、さっきから拝見していますと、二匹はただ泥の中で組み合っているだけで、なかなか攻めませんね。スピードに欠けていて、ちっとも面白くありません」
「それは互いに思いやりというものがあるからなのだ。勝つのは簡単だが、どうせいずれかが勝ち、一方は負ける。すると、負けたほうは女を失うのだ。ところが、あまりに見事に勝ったとして、どうなるか。負けたほうは恋を失った上に、名誉まで喪失するのだ。しかし、時には逆の場合もある。というのは、勝ちに奢って相手を叩き伏せたりすると、女はすぐに同情するものだから、かえって負けた方を好きになり、手に手を取って恋の語らいをするかも知れない。強い方はそのあたりを見計らわなければならないし、弱い方もそれなりの負け方をしなければならないのだ」
「なるほど、それで合点が行きましたよ。僕が見た鳥羽僧正の擬画の中の動物はいかにも勝とう勝とうという必死の形相とはまるでほど遠い、何か別のことを思っているような、そんな気配が窺えたのですが、それは駆引きのせいであったのですね」
「僧正がわしたちの心をどこまで読んでいたかそれは分からん。が、わしたちが人間のように馬鹿一筋に勝負にこだわるということはないということは、あの坊主はちゃんと察知していたのだろう」
いつの間にか夕焼けはすっかり消えて、夕闇が田圃を覆い始めていた。気が付いてみると、二匹の蛙はは組み付いたまま、眠っていた。それは遠くからみるとまるで団子のようでもあり、また、太ったもの同士がダンスをしているようにも見えた。女の蛙はどうかというと、これまた畦道の端でぐっすりと眠っていた。まるで筑波の蟇の置物のような格好をして、風が吹いても身じろぎもしなかった。
「これでおしまいじゃ」と老蛙は言った。「引き分けということだな」
「しかし、それでは困るではないですか。このままではどちらが恋人の資格があるか、決定できませんよ」
僕は負けた蛙の面をとくと見物してやりたいと内心密かに楽しみにしていたので、引き分けと知ってひどくがっかりした。老蛙はそんな僕の卑しい心を鋭く見て取った。彼はフフンとあざ笑い、「だから人間というものは馬鹿なんじゃ」と僕の顔を憐れむように眺めた。「いいかね、どちらかが簡単に勝てば、明日から勝った方は女と始終いっしょにいなければならん。負けたほうはというと、これは孤独の悲哀を味わわなくてはならん。そしてわしは相撲の見物もできずにひがなひなたぼっこして退屈しなければならん。つまり、勝負を決するということは、決していいことばかりがあるばかりではない。それどころか恨みと退屈と後悔が残るばかりかも知れん、つまり、人間の愚かさは、すぐに勝負して、その結果に溺れるということなのだ。おまえは女に振られたから、わしと出会った。それはおまえの心が女以外のものに開かれたからだ。もし、そうでなかったら、おまえはマイホームを買い、その借金で、やがては人間のミイラになるのだ。今日はもう暗い。また、暇があったらここへ来るがよい。運が良ければ、相撲の続きが見られるかも知れん」
僕はすっかりうれしくなって老蛙に頭を下げた。
「きっとまたまいります」僕は少年のように自転車に飛び乗った。
土手を橋の方に行くと、暗い欄干の袂に人影が見えた。近づくと、彼女だった。
「どうしたんだい、こんなところで」
喉がつまってひりひりした。
「待っていたのよ」
「僕がどこに居るのか知っていたのかい」
「ええ、あの土手の上で、考え込んでいるのを見たの」
「それなら、行くかい」
「ええ」
僕たちは少し離れて自転車を漕いだ。彼女がペダルを踏む様子が闇の中ではっきりと感じられた。僕は、五体がぞくぞく震えるのを覚えた。僕にはこの闇も土手も遠いネオンも、あらゆるもの全てが、僕のために存在するのだということをはっきりと自覚した。こうしたわけで、僕は二度と蛙の相撲を見ることはなかった。それどころか僕は借金やこどもの誕生が重なって、賢治の土手のことも夕焼けもすっかり忘れてしまったのである。
痩せ蛙負けるな一茶ここにあり 一茶 平成元年五月二十七日