百人一首ものがたり 45番 

目次

  1. 小倉庵にて 権中納言定家と主治医・心寂坊の対話
  2. 45番目のものがたり「蓮の(うてな)

あはれとも いふべき人は 思ほえで
身のいたづらに なりぬべきかな

 

百人一首ものがたり

小倉庵にて (ごんの)中納言(ちゅうなごん)藤原(ふじわらの)定家(ていか)と主治医・(しん)寂坊(じゃくぼう)の対話

 一日中書き続けたのでひどく目が痛み、肩も凝るので処方をしてもらって薬湯を飲み、灸を据えてもらうと気持ちが良くなったので定家はうとうととした。心寂房は灸の様子をうかがいながら文机の書き物を見ている。

「心寂房殿は私が謙徳公を撰んだ理由を測りかねているご様子ですね」

「・・・はい・・・」

「理由は二つございます。太政大臣実頼の死と源信僧都の出現です」

「実頼と源信」

「実頼は左大臣源高明を失脚させた首謀者の一人ですが、安和の変の翌年・天禄元年(970年)に突然死しました。陰謀に加わった者たちは驚愕しました。それでなくとも村上天皇の弟を陰謀罪で太宰府に流したのですから密かに罪の意識は抱いていたのですが、実頼が死んだので、みなみな怖気立って、もしも源高明が配流先で憤死したりすれば道真公よりも恐ろしい祟りの神となって呪われるであろうと噂し合いました。そこで実頼の甥で右大臣から太政大臣に昇進した伊尹が源高明を呼び戻したのです」

「私はどうしても祟りというものを信じられませんが、伊尹も祟られると信じていたのですか」

「無論です。というのも、その頃になると地獄というところがどれほど恐ろしい処か、具体的に分かるようになったからです。後に『往生要集』を著した源信は実頼が死んだときには十八才でしたが、その高名は朝廷にも轟いておりました。彼は七才の時に父と死別し、九才の時に母の願いで比叡山に上り慈慧大師良源の弟子になりましたが、余程の天才だったのでしょう、通常の僧侶では生涯修業してもなることのできない法華八講の講師に十五才で撰ばれ、村上天皇の御前で『称讃浄土経』を講じたのです。天皇は源信を讃えて多くの品々をご下賜なされました。逸話に依れば、それらの品々を母に贈ったところ、母はこれを嘆いて和歌を添えて送り返してきました。その和歌というのは、

  後の世を渡す橋とぞ思ひしに

 世渡る僧となるぞ悲しき

 名声に溺れそうになっている息子の危うさを感じて母は諫めたのです。源信は一念発起して念仏三昧の修業の日々を送り、やがて大いなる僧侶となりました。ご存じと思いますが、源氏物語の宇治十帖に登場する横川の僧都は源信であるとされています」

「浮舟を助けた僧侶でこざりましたか」

「いかにも左様。源信が著した往生要集はまず第一に、地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人間・天人の六道を説き、次に極楽浄土の十楽を説いておりますが、その文章を書くについては、仏説無量寿経、大宝積経、妙法蓮華経など膨大な経典の他に、大智度論、十住毘婆沙論、摩訶止観などが引用されておりますので、民衆たちばかりでなく、高度の知識を身につけた貴族たちにも地獄極楽が根拠のないものではなく、実際にあるものとして恐れられるようになったのです。中でも罪を犯した者は死ぬにも死ねぬ思いであったでしょう」

「・・・源信とは、それほどに大きな力を与えたのですか」

「それはもう、源信から三百年後の今の世に念仏宗を開いた法然やその弟子の親鸞は源信こそ念仏の祖と崇めているほどですから、偉大なことはたとえようもなかったでしょう。それはともかく、肝心の謙徳公・伊尹(これただ)ですが、彼は安和の変の片棒を担いだのですから同罪といえばその通りなのですが、叔父の実頼や弟の兼家とはずいぶん違う性格の持ち主でした。その人となりを知る良い出来事が『大鏡』に見えます。村上天皇の天暦二年、二十四才の少将伊尹は春日の使いに選ばれました。春日の使いと申しますのは二月と十一月の申の日に催される春日神社の祭に朝廷から使わされる勅使のことで、祭りの前日に京の都を出立し、二泊して、祭の翌日に帰京します。伊尹は喜び勇んで使いに立ちましたが都に残してきた恋人の事も気になって仕方がない。そこで奈良の都で歌を詠んで供人に馬で届けさせました。

 暮ればとくゆきて語らむ逢ふことは

十市(とおち)の里の住み憂かりしも 

(日が暮れれば祭りも済みますから都に戻れます。そうしたら私はあなたのところに飛んでいって、春日への旅の折々に見物したことや祭の話、それから、遠い道を十市の里(橿原十市)へやってきたけれど、あなたがいないので心がふさいでわびしかったことなど、なにもかもお話したいと思っています)

 女が返した歌は、

 逢ふことはとをちの里にほど経しも

吉野の山と思ふなりけむ 

(あなたさまが私と私逢わずら長い間そちらにおいでになったのは、口では住み憂かりし、などと申されておりますが、あなたはすぐに何かに夢中になったり夢見たりして他の事は忘れてしまいますから、このたびもその癖が出て、吉野の山を良しと見て、お帰りになるのを忘れたのでしょう)

 若い男女が互いに恋しいと想いながらすねて見せたり、早く逢いたいと思ったりしている姿が目に浮かぶようではありませんか」

「いかにも初々しい姿が目に浮かびます」

「伊尹は時代に相応しく多くの恋をしたようですが、実はあまり女性運がなかったようなのです。この和歌をご覧下さい。

 隠れの底の心ぞ恨めしき

いかにせよとてつれなかるらん (拾遺集758)

(あなたは隠れ沼のようにお心を隠して見せてはくれません。いったい私にどうしろというつもりで、それほど冷たくなさるのですか)」

「これはどなたに当てた和歌でございますか」

「村上天皇の乳母です。伊尹は十九才で侍従に上がりましたが、天皇の乳母に心奪われて忍んで行こうとしたのです。ところが『つきなし』(不似合いですわ)とあっさりと振られてしまいました。臈たけた乳母から見たら幼すぎたのでしょうか」

「帝の乳母に恋文とは」

「若いときばかりでなく、老いて後も女性にはあまり大切には思われなかったようで、

 辛かりし君にまさりて憂きものはおのが命の長きなりけり(風雅1327)(あなたはいつも私につれない人でしたが、そうされているうちにこの年になってしまったと知るのはもっと辛いことですよ)  摂政太政大臣にまでなった男がこのように幼い和歌を詠んでいる様を想像すると、面白いとお思いになりませんか」

第45番目のものがたり 「蓮の(うてな))

 読経の声で目を開けると、女の顔が見えた。

「そなたはずっとついていてくれたのですか」

「はい」

「それで、あの事を訊いて下さいましたか」

「・・・」

「訊いては下さらなかったのですね」

「・・・あなた様はきっとお治りになりますもの、後の世ことなどきく必要などありましょうか」

「いいえ、この頃は死後の世界は地獄か極楽とみな心配しておりますし、私はこのように病に伏しているのですから気にせずにはおられません。今からでも訊いてくだされ」

「いいえ。私はあなたさまが亡くなられるなどと考えたくもござりませぬ。この後あなた様が百才になられればあるいは命が尽きる事もござりましょうが、その時は必ず極楽へ参られるでしょう」

「・・・私も、それはそうあってほしいと願っております。それに、そなたは誓って下さった。私が死んであの世に行くときには必ず共にまいってくれると」

「はい、お約束いたしました」

「私はそれを聞いて安堵した・・・大勢の僧侶たちがあのように日夜護摩を焚いて祈祷しているのだから、きっと治るであろう。なにしろ私はまだ四十八才ではあるし、為さねばならぬことは山のようにありますのでな」

「仰せの通りでございます」

「しかし、不安の種は、源高明様じゃ」

「またそのお話でござりますか。あなた様は高明様を太宰府からお救いあそばされたのですから、どうしてあれこれ思い迷うことがありましょう」

「私もそう思って安心しておった。ところが・・・今し方、夢を見た」

「どのような夢でござりましょう」

「私は死んで、極楽の蓮の台の上で日の光を浴びていたのじゃ。天女が舞い踊っているような虹色の雲が流れて、音楽が絶えることなく鳴っておった。無論、私の側にはそなたがおったよ」

「・・・私が、死んで、でござりますか」

「そうとも。約束通り、共に死んで、蓮の台で時のない日々を過ごしていたのじゃ」

「・・・」

「ところが、突然足下から恐ろしい声が聞こえてきた。のぞき見ると、泥の中にうごめくものがある。真っ黒い生き物で、角が生え、両の手は竜のように長く伸びて、鼻毛が私たちが座っている蓮の茎にからみついて、はげしく揺すぶるのじゃ。恐ろしく強い力で揺するので、蓮の葉が嵐のように揺れて、今にも落ちそうな有様じゃ」

「・・・何ということ、聞きたくもありませぬ」

「わしはそなたが万が一にも落ちないようにしっかりと腕で抱えて大声で叫んだ。『ここは極楽というに、何故そなたのような者が現れて蓮を揺するのだ』。するとその鬼は、

『わしはそなたの叔父、実頼じゃ』

『・・・そう言われれば、そなたは叔父上そっくり。なぜ鬼になってしまわれたのです』

『わからん。わからんが、ともかく、地獄の底は恐ろしい。臭くて息もできない。どこを見ても死体の山だ。骨ばかりになった死人が、助けてくれと叫んでわしの足を掴む。蹴飛ばすと、ウジ虫が蠅となって空を覆い、真っ暗な中に鬼共が罪人を針地獄に追い立てる声が聞こえる。わしは必死で逃げて、この茎にしがみついてここまで上ってきたのだ。助けてくれ』

 鬼となった実頼は蓮の葉に手を伸ばして破りそうな気配なので、『あなたは現世の報いで地獄に堕ちられたのです。私にはどうにもなりません。六道輪廻して極楽へ来る日をお祈り下さい』

 これを聞くと鬼は猛り狂って、蓮の葉の茎をねじ切って、そなたと私を泥の海に落としてしまった」

「あなたさまだけでなく、この、私も」

「そうとも。そなたと私は互いに抱き合って、共にどこまでも落ちていった。底知れぬ奈落の底で、千里万里もあろうかと思うほどの地の底だ。見渡すと我らは鉄の山の間に落ちていた。側に実頼が倒れている。そこへ叫び声を上げて近づいてくる者があるので見ると、牛頭(ごず)馬頭(めず)の鬼ではないか。牛頭と馬頭は『お前達はわしらを四六時中こき使ったな。ここではお前達がこき使われる番だ』、そう言って、実頼を器仗で千回も叩いたので、身体はばらばらに裂けてしまった」

「・・・どうかそのような話はお止めください」

「私はそなたを助けたい一心で、手を引いてどこまでも逃げた。後ろから、ばらばらになった実頼が這うようにして逃げてきたが、やがて私たちを追い越して鉄の山の間に逃げ込んだ。すると両側の壁が動き出して、実頼を押しつぶしたので、骨が砕け、血流れてあたり一面血の池になってしまった。私がそなたを抱いてふるえていると、牛頭が近寄って、

「ここは『衆合地獄』というところだ。実頼には万劫年の苦しみを与えねばならぬが、そなたたちは現世で少しは良いこともしたので見逃してやろう。早く行け。そう言うので、私は『どうすれば地獄へ堕ちずに済むのでしょうか』と訊くと、

『一心に功徳を積み、死に臨んでは良き僧侶の読経を仰ぎ、自らは欠かさず念仏を唱えるが良い』

 これを聞いたので、そなたを背負って蓮の茎を上り、ようやくの思いで元の葉の上によじ登ったら、目が覚めたのだよ」

「まあ・・・夢でようこざりました」

「夢ではあるが、夢ではない。真実の話だ。それ故、この後も必ず私の側にいて手を放さず、念仏を唱えて欲しい。阿弥陀仏を観想して極楽浄土を願って欲しいのだ」

 伊尹がそう言って女の手をしっかりと握ると、女はふるえながら、

「必ずそういたします」と答えたので伊尹は安心して目をつぶった。

 隣の間からは絶え間ない読経の声が聞こえる。伊尹はその声に身を心地よく委ねていた。しかしふと気がつくと、蓮の台に座っているのはわが身独りで、女の姿は見えなかった。虹色の雲があたりに立ち籠め、典雅な響きが風にのって聞こえてくる。

「どこにいるのじゃ」

 伊尹は首を伸ばしてあたりを見渡したが姿が見えない。いったいどうしたのだろう・・・まさか、落ちたのでは、そう思って泥の底をのぞき込むと、奈落の底に地獄の炎がちらちらとゆらめき、鬼に追い立てられて血の池地獄へ落下してゆく罪人たちの姿が見える。伊尹はわなわなと震えて蓮の葉にしがみついた。そしてふと目を覚ますと、読経の声は止み、伊尹は夜の闇の床に独りで横になっていた。

「あのお方はどこにおいでなのじゃ」

 伊尹は側の家司に尋ねた。

「御屋敷にお戻りになられました」

「戻った・・・いつ帰ってくると申して居った」

「急ぎの用があるとの事で、戻るとは申されませんでした」

「それでは文を届けてもらいたい」

 伊尹は震える手で書き付けて女のもとに届けさせたが、幾日たっても音沙汰はなかった。伊尹は絶望して、

「私の命が尽きようとした時には、もうあの方に頼ることはできそうもありませんから、僧侶たちに絶えることなく読経させて下さい。私が死んだら、私の顔を西に向けて下さい」そう言い残して筆をとって女に宛てて詠んだ和歌は、

 あはれともいふべき人はおもほえで

身のいたづらに成りぬべきかな

(あなただけを頼りにして生きておりましたがあなたに捨てられてしまったので、他にはこの私に情けをかけてくれそうなお方は誰一人思い当たりません。私はこのまま寂しく死んでしまうのですね)