百人一首ものがたり 27番 中納言兼輔 

目次

  1. 小倉庵にて 権中納言定家と主治医・心寂坊の対話
  2. 27番目のものがたり「かぐや姫」

みかの原わきて流るる泉川 いつ見きとてか恋しかるらむ

 

百人一首ものがたり

小倉庵にて (ごんの)中納言(ちゅうなごん)藤原(ふじわらの)定家(ていか)と主治医・(しん)寂坊(じゃくぼう)の対話

「私は兼輔という人物が好きなのです」と定家は心寂坊がこしらえた生薑湯を飲みながら言った。「この人は他のどのようなお方とも似ていない。独特の面白味と申しますか、ある種の諧謔的な雰囲気を醸しています。歌にまでその人の良い気配があからさまに出て居りますよ」

 これを聞いて心寂坊が「定家様がおっしゃるのは、あの、親が子を思うという歌の事でしょうか」と訊くと、「そうですとも、山上憶良も子を歌ったものが出てまいりますが、どうも苦労じみて面白くありません。ところが、兼輔の手に掛かると、

 人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道にまどひぬるかな(後撰集1102) という具合になるのです。これは忠平が左大将であられた頃、相撲を見物して一日遊んで、相撲が果ててみんなが帰るという時になっても兼輔だけを帰さずに留めて、二人でさんざんに酒を飲んで酔っぱらった時に、『兼輔殿、子という者は難しいものでござるの』と申されるので『まことに』と頷くと『では、その親の心を歌に詠んでいただけまいか』と所望されるので詠んだのがこの歌なのです」

「相撲見物の後の酒宴の歌とは、羨ましい限りでござります」

「まことに羨やましい・・・時は延喜の世の花盛り、東西の相撲取りが土俵で技を競うのを眺め、美酒を飲み、子を語る、まことに兼輔という人物にはこうした底抜けの磊落さがあったが故に、大勢の方々が周囲に集まってきたのでしょう・・・兼輔は中納言であった頃、鴨川の堤あたりに邸を構えて、紀貫之や凡河内躬恒をしばしば呼んで歌会を催したり、世の有り様を多くの方々から聞いて『堤中納言物語』を書いたと伝えられていますが、ご自身で書いたかどうかはともかくとして、この物語にはどこか兼輔という人の気配がいたします」

 「気配と申しますと・・・」

「『堤中納言物語』には十ほどの話がありますが、そのひとつに『桜花折る少将』という話があります。あちらの花、こちらの花と訪ね歩いて契りを交わしていた少将が、遊び友達から「近衛のあたりに琴の上手な女が居りますよ」と聞いて出かけて見ると、なるほど美しい。話によればその姫は源中将の娘で、近々内裏に入内することになっているという。それなら今のうちにと、少将はその家の女童を手なずけて、闇夜に紛れて忍び込み、うまうまと姫を攫ってきた。そして邸に連れ帰ってきて見ると、何と九十九髪の老婆ではないか。これは、と仰天していると、老婆は笑って『少将の企みを漏れ聞いたものですから、お姫様の身代わりになって参りました』と白状したという、どうです、可笑しい話でしょう」

「まことに何とも・・・」 「勿論こんな滑稽な話は真実にあったとは思えませぬ。少女にはうら若き女の香りがあり、年よりには独特の匂いというものがありますから、いくら暗闇でも間違えるはずはない、しかし、兼輔ならあるいは・・・そんなところがあのお方の面白いところなのですよ」そう言って、心寂坊がこしらえた夏蜜柑の薬湯を一口飲むと、書き上げたばかりの物語を読み始めた。

第27番目のものがたり 「かぐや姫」)

 不思議だ、誰がこれほどの物語を作ったのだろう・・・兼輔は『竹取物語』を前にして盛んに首を傾げた。無論、この話の本には内大臣藤原高藤と宮道弥益(みやじのいやます)の娘の話が下地になっていることは承知している。けれども現にあったことと、その話を物語にするとは大違いだ。この私も少しばかり物を書き付けてみたりはしているが、これほどのものは余程の才がなければ書けるものではない。掛詞や言い伝えをふんだんに盛り込んだ歌を話に取り入れているのだから名のある者が手がけたに違いないが、紀貫之や凡河内躬恒に尋ねてもいっこうに分かりませぬ分かりませぬというし、紀長谷雄や三善清行のような博識の学者に聞いても、全く存ぜぬという返事。しかし、これほどの話を、名も無き者が書き上げることができようか。まことに不思議だ。かぐや姫は『変化のもの』と記されているが、この本の書き主こそが変化のものではなかろうか。そんなことを思いながら歩いてゆくうちに夕闇が降りてきた。

 春の宵とて梅の香りが一面にただよい、東の空に満月が上ってくる。ああ、これはおあつらえの晩だ。物語を読んだ宵にこれほどの月を見ようとは、もしかしたら何かしら不思議な事に出くわすのではなかろうか、などと密かに期待しながら小川に沿った野道をぶらぶらと行くと、どこか見覚えのある門がある。以前このあたりに来たとき、どこからともなく奥ゆかしい琴の音がほのかに聞こえて、若やいだ娘たちの立ち騒ぐ声がする。そこで、

 ゆくかたも忘るるばかり朝ぼらけ

ひきとどむめる琴の声かな 

と歌って見ると、八つほどの少女が寄って『どなた』と訊くので、『中からとても楽しそうな声がしていますが、何をなさっているのです』と尋ねると、

『明日貝合わせがあるのです。でも私のご主人様は後ろ盾がないのでみすぼらしい貝しかありません。それで私たちはみなで手分けして探しているのですが一つも珍しい貝を見つける事ができないので困っているのですが、相手の北の方の姫君は藤壺のお方から珍しい貝をたくさんいただいたので得意がっているそうなのです』と悲しそうに言う。これを聞くと兼輔は 

かひなしと何なげくらむ白波も

君がかたには心寄せてむ 

と歌って『いいものをさしあげますからまってらっしゃい』と言って、随身に何事か言いつけると、随身は馬を飛ばして姿を消したがすぐに戻ってきて金の小箱を兼輔に手渡した。

『あなたのご主人にこの手箱を差し上げますよ』

『何が入っているのです』

『ごらんになりたかったら開けて見なさい』

 蓋を開けると、白銀や黄金の蛤、うつせ貝などがびっしりと入っている。女の子びっくりして屋敷に飛び込んでいった・・・

あれから何年も過ぎてしまったがあの少女はまだいるだろうか、とそう思って、懐紙に歌を書き付けて声のよい随身を塀の近くに立たせて

 ゆくかひもくるかひもなき我が身かな

    ひきとどむめる琴聞かずして

  と二度ほども歌わせて待ってみたが、誰も答えるものがない。ああ残念だ。しばらく足を運ばぬうちにどこかへ移り住んでしまったのだろうか、せめてこの前の成り行きなりとも聞ければと思ったになあ、とそう思って、今度は自分が垣根の側に立って歌ってみた。

 みかの原わきて流るるいずみがわ

いつ見きとてか恋しかるらむ

(遠い元明の帝の昔、みかの原には紅葉の照り映えるははその森に囲まれた都があった。その懐かしい都に雨が降ると、泉川の急流となって渦巻き流れる、ちょうどそのように、私の心に、いつの間にか激しい恋の思いが川となって流れている、この川を生み出したのは、どなたなのだろうか、まだ見ぬ人なのに、このように恋しいとは、何故なのだろうか)

 歌い終えて耳を澄ませると、「こっちへおいでなさい」と可愛らしい声がする。見ると薄暗い笹の垣根の向こうに見覚えのある美しい少女が立っている。ああ、やはり居てくれたのだな、と兼輔はどきどきして、これは今夜のお月様の功徳に違いない、と思って、笹を分け入ろうとしたけれど、垣根はしっかりと編んであるので分け入ることなどできそうにない。「これではとても入れません」と言うと「こちらへお回りなさい。でもお一人でね」とかわいらしい声が聞こえるので、供の者を残して少女の声を頼りに垣根に沿って歩いた。少し行くと笹の垣根に小さな穴がある。

「ここからお入りなさい」

「こんな小さいところを、大人の私には無理です」

「いいえ、頭から入るのよ」

 そこで冠を袖に入れて小さな穴に頭を押し込むと思いがけずあっさりと中に入ってしまった。

「ご主人がお待ちになっておられます」

少女は先に立って歩いてゆく。桃色の(あこめ)の裾が月夜の波のように揺れ動く。

「なぜ私を待っているのです」と兼輔が聞くと、少女は月明かりの中で立ち止まって

「お忘れですか?私のご主人と北の方の姫君が貝会わせをする時に、あなた様は黄金の蛤をお持ちになってくださいました。ですから今宵はご主人があなた様をおもてなしする番なのです」

 少女の袖の彼方の小さな部屋の隙間からまばゆい光が漏れている。屏風の陰から覗いて見ると、美しい貝が青い波に打ち寄せられたように一面に散らばっている。少女はかがみ込んで、細い指で貝殻を拾いながら「ねえ美人のはまぐりさん、あなたは覚えておりますか。そなたをここに連れてきた、中将殿がお見えです」

 目の前の御簾がしずしずと上がると山吹(かさね)(うちき)に紫苑の襲を押し重ねた女が紅梅の袖を顔の半ばまで引き上げて兼輔を見つめている。兼輔が見とれてぼんやりしていると女は「堤中納言様、よくぞおいで下さいました。今宵は春の満月、心ゆくまでお過ごし下さい」という。

 かわいらしい女の子が四、五人、酒や肴をにぎにぎしく運んできた。先ほどの少女が「どうぞ召し上がれ」と杯を勧める。兼輔は夢ではあるまいかと思いつつ飲んでみると、喉がとろけるばかりにうまい。目の前に並べられた貝はまるで渚にうち寄せられた姿そのままに光っている。なんという美しい貝だろうか・・・兼輔が見惚れていると、ざぶんと波が押し寄せて、気がつくと兼輔は月の浜辺に立っていた。

 いったいここはどこだろう・・・どこかからか話し声がする。黒々と茂る松林の近くに、五人の貴公子が砂の上に車座になって静かに酒を飲んでいる。それぞれ冠を頭、見事な直衣を着、黄金の太刀を砂の上に置いている。何かとても良いことがあったごとくに互いにほめ会って、月の光に笑ったりしている。よほどうれしいことがあったのだな、そう思って兼輔は近づいて、

「もし、ずいぶんと楽しそうにお見受けいたしますが、何事か目出度いことがござりましたか」

 兼輔の声に一同は振り向いて、中の一人が「帝から承った大役を無事にやり遂げました事を祝っておりますのじゃ」

「それはおめでとうございます。ところで、帝から申しつけられた大役とは何でござりますか」

「かぐや姫ですよ。帝は、わしらにかぐや姫を月の世界にお届け申せ、と申しつけられた。そこでわしらはこの海辺へかぐや姫をお連れして、金銀の船にお乗せして、満月に送り届けたのじゃ。ごらんなされ、丁度今頃、かぐや姫が月の桂の下の御殿にお着きになられたころじゃ。夢のように輝いておろうが」

 五人の公卿たちの顔は月の光を浴びて満足げに光っている。いったいこれはどうしたことだ。かぐや姫は月からきた天女たちに奪い去られたというのに、この者達は何故にでたらめをいうのだろう。兼輔はいぶかしさの余りつくづくと五人の公卿を眺め、それから男たちがそれぞれ前に置いている持ち物に目をやった。するとそれは、とても信じられぬことなのだが、紛れもなく、かぐや姫が五人の求婚者たちに求めた宝物だったのだ。御仏の御鉢は月の光を浴びて青い光を発し、蓬莱山の枝は海風にそよいで金銀の色を振りまき、火ネズミの皮衣はつややかに月を宿し、龍の首の五色の玉は眠るように神秘の光を潜め、燕の子安貝はいかにも魅惑的に砂の上で瞬いている。兼輔が驚嘆の余り声を失っていると、大伴の大納言が「そなたは竹取物語というものを読んだのであろう」と訊く。

「無論読み申したが、その物語には・・・」

「その物語には、わしらはかぐや姫の求めた宝を手に出来なかったと記してある。だが・・・真実はそうではない。わしらはそれぞれに宝を手に入れた。かぐや姫は、わしらを心から褒めて下さった」

「これを見なされ」と石上中納言が上機嫌でささやいた。

「これこそが子安貝じゃ。かぐや姫が形見にと、下さったのじゃよ」

「それはまた、何故に」

「かぐや姫は人間ではとても成し遂げられぬ難題を与えた。到底出来ぬであろうことは私たちよりもかぐや姫がご存じだった。だが、私たちは何年もの間、命をかけて努力した。かぐや姫はその心に感じてこれらの宝物を下さったのじゃ」

「ほんとうですか」

「このようなことが嘘であってなるものか。そなたたちは竹取物語の作者に騙されているのじゃ。もしもあのような話が事実であったなら、かぐや姫は男の心をたぶらかす邪な魔物ではないか。そうであろう。その妖艶な美しさで我らの魂を奪っておきながら命をかけて難題に取り組んでいる者を鼻先で笑い、命を失った者に涙ひとつ流さぬ、そのような者がどうして美しい女であり得よう。かぐや姫はそのようなお方ではない」

「ごらんなされ、あの月を」と蔵持の皇子が水平線の満月を指さした。「かぐや姫は今夜の月そのままのお方であった。私たちを心から愛おしみ、夢のような時を共に過ごされた。そして別れ際に下さったのが、これらの品々なのじゃ」

「何とすばらしい日々であったろうか」と石作りの皇子がつぶやいた。「昔、業平様が、

 いとどしく過ぎゆく方の恋しきに

うらやましくもかへる波かな 

とお詠みになったが、もしかぐや姫が下さった難題に命がけで取り組んでいた日々に戻れるものなら、如何なる宝もこの波に返そうぞ」

「ああ悔やんでも悔やみきれぬ。

月やあらぬ春や昔の春ならぬ

我が身ひとつはもとの身にして 

我らは全てを失った。宝も今は何の意味があろうぞ」

 貴公子たちはうつむいて涙を流した。

 ・・・信じられぬ・・・いったい私は幻を見ているのか・・・竹取物語とはまるで反対の世界がここにある。どちらが現で、どちらが夢なのだろう。兼輔は声もなく呆然としていた。これを見て蔵持の皇子がため息まじりに、

「そなたには決してわかるまいよのう」と低い声でそう言った。「そなたには私たちの心はわかるまい」

 他の貴公子たちも「わかるまい」「わかるまい」と幾度も頷いた。その顔が一様に青く悲しげなので、兼輔は、

「わかるまいとは、どのようなことなのですか・・・なぜ私にはわからないとおっしゃるのです」

 貴公子たちは青ざめた顔のまま、黙っている。月の光がザザッと砕けて、夜風が松の木々を音もなく揺すった。

「そなたは本当に知りたいのか」と阿倍の右大臣が兼輔の顔を見た。「なぜそなたにはわからないのか、そのわけが知りたいのか」

「是非とも私にはわからないわけを教えていただきたい」

「では、教えよう」

「そうとも、教えようぞ」

「何故に、そなたにはわからぬか」

「それは他でもない、そなたが、藤原の一族だからだ」

「藤原の一族?私は確かに中納言藤原兼輔でございます・・・しかし、私が藤原である事と、私にはあなた方の事が何も理解できないという事と、どのような関わりがございますのか」兼輔がこう述べると大伴の大納言が少し声を荒げて、 

「竹取物語は子どもにも好かれるおもしろい話とされているが、実はそうではない。あの物語に出てくる者は、いずれも不幸な者ばかりじゃ。」

「そうとも、幸せな者はどこにもおらぬ」

「五人の男たちはかぐや姫のために地位も財産も投げ出し、海を越え、山を登り、人には出来ぬ辛酸をなめたというに、望みはかなえられるどころか何もかも失い、世間からはののしられ、破滅し、死んだのじゃ。帝とて同じこと。かぐや姫は、この世の全てのものに冷たく笑いをなげかけ、天女につれられて行ってしまった。後に残されたものたちは、腑抜けのように生きねばならぬ」

「・・」

「兼輔殿、竹取物語に登場する五人の名はなんと申しましたか?」

「それは・・・まず、石作の皇子・蔵持の皇子、右大臣阿部御主人、大納言大伴御行それに中納言石上麿足。そうでございましたな」

「さすがに兼輔殿、よくご記憶でございます。しかし兼輔殿、あなたはこの五人の名を不思議には思いませぬか」

「不思議とは」

「ここには肝心の者が見当たらない」

「肝心の者とは?」

「この世に最もはびこっている者共じゃよ・・・そうとも、その名は藤原・・・藤原の一族は、太政大臣から五位の公卿まで、手の指を何度折り重ねても足りぬほどにこの世にあふれているであろう。それなのに竹取物語には一人も出ては来ぬ」

「・・・そう言われれば・・・」

「これは何を意味しているのであろうか。他でもない。藤原一族以外の者が如何に望みあがこうとも、かぐや姫は手に入れられぬという事なのだ・・・そして万が一藤原一族でもない者共が身の程をわきまえぬ夢を追いかければ、どのような事になるか、それをはっきりと見せつけたかったのだ」

「まさか、竹取物語の作り手が、そのような事を画策していたとは、私にはとても」

「兼輔殿、よもやお忘れではあるまい。内大臣藤原高藤は世にも不思議なところに参り、この世の人とは思えぬ美女を手に入れた。かぐや姫と結ばれたのだ。右大臣定方はかぐや姫の子。醍醐天皇はかぐや姫の孫・・・そうでありましょう?」

「・・・」

「高藤がかぐや姫を手に入れることが出来たのは、彼が藤原冬嗣の血脈を継ぐ者であったからだ。そうした事は藤原だけに許されることであって、我々には許されぬ・・・我らがその地位や権力を手にしていたのは大昔の事・・・今の世には何も持たぬ・・・」

「だがいかに藤原が我らを苦しめようとも、心に秘めた夢までは奪うことはできぬ。それ故、我らはこの浜で、夢の宴を楽しんでおるのだ」

「そうとも、我らが名は滅びたが、今はこの月の光に抱かれて満足しているのじゃ」

「・・・あなた方はそれほどまでに藤原一族を・・・しかしなぜ・・・なぜこの私にうち明けてくださった。私も藤原一族の片割れですぞ」

 これを聞くと蔵持の皇子は微笑して、

「そなたは楽しい人じゃ。そなたは他の者とはまるで違った心を持っている。藤原一族には珍しいうぶな気持ちで生きておられる」

「そうとも、そなたの心には人を恋する心がある」

「そなたには優しさがあふれている」

「そなたは美しいものにあこがれている」

「そなたの心から、きっと良い種が生まれよう。その種から美しい芽が出るまで、その初な心を失わぬように」

「どうか、その心を失なわぬようにな」  波がザブンと砕けると、誰もいなかった。月が春の夜の海を照らしている。